静寂に耳を澄ませば、木々を渡る風が昔を語る

【岩谷堂城古絵図】
伊達一門の岩城氏3代宗規の時代の絵図で、北端部の最頂部か本丸で、北方は三重の深い空堀か巡っており、東方には帯状の腰郭、南方には、一の丸かある。さらに二の丸の西方や南方に空堀が回っており、当時の隆盛を偲ばせます。

【五位塚墳丘群】
前九年の役において厨川柵で源頼義に敗れ惨殺された従五位下藤原経清(清衡の父)とその一族一党の霊を弔うために造られた墓所と伝えられています。


【岩谷堂城跡】
中世においては江刺氏、近世においては伊達正宗の御一門岩城氏の居館となり、本丸や二の丸が現存し、三重に巡る空堀は壮大で堅固な様相を示しています。

【益沢院跡】
藤原清衡が紺紙金銀字交書一切経5300巻余を8年がかりで写経させましたが、その写経所が益沢院であり、岩谷堂・増沢地内にあったと考えられています。

【豊田館跡】
藤原清衡が平泉に移るまでの居館といわれています。安永3年(1774)の豊田城跡碑があり、この地から中国産の白磁四耳壷が出土したと伝えられます。


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