富山県雄峰高校教諭 赤座久明 さん
(研究テーマについて)
柿を食べるサル
(赤座久明さん撮影、転用禁止)
現在、京都大学霊長類研究所共同利用研究員として「北アルプス周辺に生息するニホンザルのミトコンドリアDNAの変異について」の研究を行っています。大学では、ネズミの研究をしていましたが、高校の教員となり、日帰りで調査できる対象のものはないかと考え、黒部川流域のサルの調査を始めました。長期的には、夏と冬のそれどれ1週間程度、現地に入って観察を続けるとともに、週末にも頻繁に現地に通って観察をしています。

(農林業被害の現状とその対策)
サルによるダイコン食痕
(赤座久明さん撮影、転用不可)
線状電気柵
(赤座久明さん撮影、転用不可)
 富山県のサルと農作物被害の歴史は長く、サルは学習して様々なのものを食べられるようになるので、食物レパートリーが増えています。唐辛子とオクラ以外の農作物はすべて食べるという群れもあります。特に秋になるカキは大好物のようで、秋に里に出てくるサルの90%ぐらいはカキ目当てだと思われます。時期的に見ると、被害は一年中ありますが、6月下旬から8月上旬の夏の前半にかけては山に意外と餌がなく、里の農作物を狙ってでてきます。また、冬も食べ物がないので農作物を狙ってでてきます。
 富山県の地形は川が多く、両岸に河岸段丘が発達していて、その上に畑があるという構造になっているところが多く、段丘崖の林と河川敷の草地が回廊の役割をして、畑に侵入してもとても逃げやすいという構造になっているからです。そして、昔からの生活の知恵でもあると思いますが必ず畑のはじのほうにカキの木が植えてあります。つまり、大好きなカキが人家から遠いところにあって、人間に見つかっても段丘崖や河川敷が直ぐ近くにあり逃げ易い環境になっています。
 さらにまずいことにこれらのカキの木は巨大化していて人間の管理が及んでいません。つまりみずからサルに餌場を与えているような状態です。そのような管理のできていないカキの木を切るように言うのですが、先祖代々ある木なので伐採することに抵抗があり、無意識の餌付け状態が続いているのが現状です。現在奈良県では、管理の及ばない大木の果樹などの木々を接ぎ木によって矮小化して適性に管理ができる畑へ転換するなどの試みが行われています。いずれにしろ富山県では被害は広がっていて、対策をしなくてはならない状況です。
 例えば被害を防除するために良く使われる電気柵はとても初期投資が高いとうイメージです。しかしもし長持ちしなくても、ある程度の期間もち、かなりの被害を防ぐ電気柵は、工夫次第で安く作ることができます。電気柵が、30万円というともったいないと思ってやらないかもしれませんが、これが3万円でできたらどうでしょう。役場がいくらか補助してくれたらどうでしょう。これぐらいの金額で、被害が少なく、安心して農業が行えると思えば、安い投資だと思いますが。後、このような柵をはる場合、受益者にある程度負担があった方がその後の管理がうまくいっていることが多いようです。それは、行政まかせだと何もしないが、自分のものだと思うときちんと管理するからだと思われます。

(サルの最近の動向を見て)
落ち穂拾いするサル
(赤座久明さん撮影、転用不可)
 コンバインを始めとする機械の導入などにより、確かに昔より農作業に時間がかからなくなりました。それは、人が農地へ入る回数が減ったことを意味し、野生鳥獣にとって非常に簡単に餌場である田畑に入れるようになったということを意味します。例えば、コンバインで考えると、刈り取りによるロスが結構あります。サルはここで落穂拾いをして栄養価の高い食物を得ることが出来ます。本来サルは、シカやイノシシに比べ個体数の増加率は小さいのですが、農作物を食べる群れでは毎年連続出産するサルを見ます。サルは普通は隔年にしか子供を産みませんが、毎年産めるということは、明らかに栄養状態が良くなっているということです。そして雪国でのサルは昔は赤ん坊の冬期間の死亡率は約50%といわれていましたが、暖冬で雪が少なくなり、農作物などを食べているのでほとんど死なない状態です。だから農作物に依存するサルの個体数は増え続けています。
 ここで、群れの動きについて、ちょっと考えますと発信機をつけてその動きを追っていた黒部川流域のある群れは、10年間で6kmほどのペースで上流から下流に向かって行動域を広げていきました。それがある年の冬に、突然2週間で7kmも下流域へ下りてしまいました。到達地点の公園にはヒメリンゴの並木があり、群れはここに数日間定着して食べ続けました。この公園周辺を行動域にしている別の群れがいて、この群れ出身のオスザルが上記の群れに移籍して、食物が不足する冬季に土地勘のある公園のヒメリンゴに群れを誘導したものと考えられます。サルは予想もしない動きを突然することがあるということ分りました。

(住民への情報伝達とその協力体制について)
 以前、定時制の高校での勤務だった時、昼間の空いている時間を見つけてサルの群れの動きを連日追跡調査したことがあります。そして、サルの群れの動きを、役場や農協を経由して被害地域の農家へ「今日のサル情報」として提供したことがありました。しかし、転勤になり、その情報を提供できなくなると、今まで何の反応もなかったのでてっきり役立っていなったと思っていた情報が、意外に役立っていたことを色々な人たちに言われて驚きました。でも、そういうことはもっと早く伝えてくれてればなあ、というのが感想でした。
 後、発信機をつけたサルが農地に500mぐらいに近づくと、回転灯とアラームでサル接近警報が発信される設備を導入した地区も出てきました。
 サルが来た時、住民がその情報に対してアクションを起こすことが大切です。被害対策にこれだけやっておけば大丈夫というものはないので、やる気のある農家が正しい判断をして対策ができるような体制にしなくてはなりません。

(サルとの共生について)
 農林業者の立場からいうとサルをはじめとする動物は単なる害獣ということで、いなくていいということになりますが、共生という視点から考えると、お互いに痛みがありその痛みが何処まで許容できるかということになるでしょう。1円の被害も出さないというような考えでは共生は難しいでしょう。
 昔から農作物をめぐって、人間は野生動物とは戦っていましたが、今では中山間地の農家に野生動物を追い返す力がなくなったことが被害の増加につながっています。不用な作物を農地に放置しないとか、防護柵を設置するなど、農家が動物に魅力がない田畑づくりを試みるということも大切です。また、合理的な個体数の調整と被害防除対策は車の両輪のような関係です。どちらかだけでなく、両方のバランスがとれた管理体制を作っていかなければなりません。農林業者の対場から言えば、作物を食害する野生動物などはいなくていいのですが、一方、シカ、イノシシ、サルなどの大型哺乳類が生息するということは、多様性に富んだ豊かな自然環境が維持されている指標でもあるわけです。
 残念ながら、現状は野生動物に押されがちですが、知恵を出し合い、集落が協力して効果的な被害防除法を開発し、人と野生動物が適度の緊張感をもちながら共生できる環境をつくっていく必要があると思います。

(キーワード、将来展望)
今一番不足しているのは、農家と役所をつなぐコーディネータのような人材です。農村の被害状況を理解した上で、被害対策のための補助金制度や被害防止技術の効果的な導入を提案することができる人がいません。役場は役場で補助金がつくような状況が分っていても自分のところでも負担をしなくていけないのであまりやりたがらず、農家は農家で役場が何かしてくれるだろう受身の姿勢が多い。そのような状況に対して具体的な行動や提案ができる人材が必要です。いうならば、野生動物の保護管理のためのコーディネーターというところかでしょうか。今の時代はNPO法人のようなところがそれを担うのでしょうが、富山ではこのような活動を目的にしたNPO法人は、まだありません。
 後は、農業試験場や林業試験場などの公的研究機関に関してももっと農家の声に耳を傾けた対策をしてもらいたいということです。特に山村の農家にとっては、家族に安心でおいしくいいものを食べさせてあげたいという思いで、農作業を生き甲斐にしている高齢者がほとんどです。このような思いが保障されるようなシステムにしないといけません。

*この文章は、赤座久明さんから伺ったお話しを中心にまとめたものです。
*掲載されている写真は赤座久明さんが撮影したもので、転用禁止

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