麻布大学獣医学部動物応用科学科 講師 江口祐輔さん

(研究テーマについて)
せのりするうり坊(イノシイの子)
(江口祐輔さん提供)
現在の研究テーマを簡単に一言で言うと、「イノシシの素顔を知ろう!」ということですが、ちょっと難しくいうと、「農作物被害のためのイノシシの行動学的研究、イノシシの能力を知って、被害対策に結びつける」ということになります。最近は、これに加え中山間地域の姿を考えて、野生動物をどう制御していくかということもテーマにしています。


(イノシシの生態、農作物被害の現状)
イノシシ増加曲線(年5%と仮定)
1900年100頭が、2005年約16000頭に増加
人間は、約100年位前に、大量捕獲を行い多くの野生動物を平地から山に追いやり、一時期は絶滅寸前まで追いつめました。絶滅とまでは行かないまでもイノシシも影響を受けました。イノシシがどうして、最近あちらこちらで現れ被害を及ぼしているのでしょうか?
その一番少なかったときに100頭しかいなかったと仮定しましょう。それが例えば、年に5%の割合で増えたとします。そうすると、はじめの50年ぐらいはイノシシは数は増えていますがそんなに多くの数ではありません。人間も50年も経つとかつてイノシシと戦って山に追いやったことを忘れてしまいます。そして、イノシシは山にいるものだと思うようになります。それが、減反政策行われはじめ、田畑が耕作放棄地になり、山村の人も減少し続けている70年代から被害が出始めました。なぜでしょう?これは図のちょうど大幅にイノシシが増え始めたときと重なります。また、この耕作放棄された田畑はイノシシにとっていい餌場にもなりました。図より分るように、イノシシはある日突然増えたのではなくて増えるべくして増えているのです。異常繁殖などと言われますがそうではありません。早い時点でしっかりとした対策を打っていたらその後の展開は随分違っていたのではないかと思います。また、里の農作物を食べているので増えたという説がありますが、それは違います。栄養状態が良かろうが、悪かろうが子供を生む数は関係ないことが分っています。ただ、母体が多少栄養状態がよくなって、生まれた子供の死ぬ確率が減ったというぐらいの話しです。
 後、雪の深いところにはイノシシは生活できないというのも違います。たまたま調査をした時の分布図と積雪30cm以上の分布図が同じであっただけで、この情報が間違って一人歩きしているだけです。かつて、青森県八戸市周辺では、イノシシによる農作物被害で、多くの人が餓死しました(八戸飢饉(寛永2年(1749年))。イノシシは雪が深いところにいないのでなくて、今、たまたま雪の深い場所にいないと考えたほうがいいでしょう。
 イノシシの分布は拡大しています。この傾向はしばらく続くでしょう。どこで安定状態になるのかまだ予測ができません。
 実はイノシシが獣害を起こす動物として研究されたのはつい最近のことなのです。日本の野生動物に関する研究は主に森林関係の研究機関がやっていました。しかし、シカ、サル、クマなどは実際に森林に被害を及ぼしてきましが、イノシシは森林に住んでいても特に森林に被害を与えていたわけでないので、研究している人も少なく、対策が練られていなかった現状があります。農業被害が起こるようになってやっと本格的に研究がはじまった分野なのです。

(その対策について)
跳躍するイノシシ
(江口祐輔さん提供)
 直接農家をまわって驚いたことは、農家の人は、あまりにイノシシのことを知らないということでした。盲目的に危険と考えたり、イメージだけが先行している現状でした。これではダメだと思い、できることから指導しました。例えば農家でイノシシ対策として張ってある網を止めるために、大きな石がおいてあったので、この石を取り除くように言いました。イノシシは起きている時に何をしているかというとほとんどの時間食べ物を探しているのです。そして、大きな石の下には虫やミミズなど好物がいることを知っています。大きな石を置いておくということは、イノシシをわざわざ呼ぶようなことをしているのです。農家の人々にイノシシが石を動かしているビデオを見せて、こういうところに石をおかないように指導しました。
 また、よく電気柵や防護柵を試して効かなかったという人がいますが、だいたいの場合は設置の仕方が悪い場合が多いのです。几帳面の人は電気柵を均等にはります。でも畑では大きくへこんでいる場もあります。その場所には、多少位置をずらしてもいいので、入られないように大きな隙間をなくすようにはって下さい。また、トタン板で田畑を覆うときは、田畑の中が見えないように覆ってください。イノシシはトタン板が厚いから田畑に侵入しないのではありません。目の前に何があるのか分からないので、侵入しないだけなのです。本当は、かなりの臆病者なのです。その他の取組みでは、耕作放棄地に牛を放牧して、草を食べてもらい田畑の見通しをよくして、イノシシを心理的に畑に近づきにくくさせる方法もあります。後、人の気配も大切です。人が田畑に出ることで心理的にイノシシは田畑に出づらくなります。後、皆さんイノシシが出たというと、里に何十匹ものイノシシが出たと思われるかもしれませんが、実は被害を起こしているのはその中の一部のイノシシなのです。効率的に被害を起こしている個体だけを捕獲するだけで被害は大幅に変わってきます。しかし、この個体を捕獲しても新しいイノシシが里に出てくるかもしれません。引き続き、イノシシに里の食べ物の味を覚えさせないような努力も必要です。イノシシはしつこさにかけては天下一品で、頭もいいですので、しっかりとした対策が必要です。
 その他では、イノシシの肉はとてもおいしいのですが、被害があるということだけが先行して、食料資源としてイノシシという面では見られていません。沢山いるのですから、個体数を減らすためにも取って、食料として有効利用することも大切です。

(鳥獣害対策において、住民への情報伝達及び協力体制はどのようなことが必要か?)
 普段農家と近い関係にある、普及員、役場などの鳥獣害対策の専門家が、農家とお互いに顔の見える近い関係でいて、協力していくことが大切です。また、農家は行政が何とかしてくれるだろうという意識ではなく、自分でできることをすることが大切です。そのためにはイノシシのことをよく知らなくてはいけません。

野生鳥獣と人間(地域)が共生(共存)していくためにはどのようなことが必要か?)
 共生・共存していくためには、住み分けるゾーニングというのもひとつの手です。柵を張り巡らせる物理的なゾーニングだけでなく、野生動物の存在をみとめて、そっとしておくという視点も必要でないでしょうか。人と野生動物の心理的なゾーニングも必要だと思います。かわいいといって接していて日光のサルのように餌付けされて、後々大変なことになる場合もあります。野生動物をどうするか?どう接するかという共通認識も必要です。短期的だけでなく、長期的視野も踏まえた考え方が必要です。

(キーワード、将来展望)
イノシシ対策のキーワードは、「里山の環境管理」、「田畑を囲む」、「被害を及ぼす個体のみ捕獲する」ということです 。イノシシは、山に食べ物がないから里に出てくるのではありません。里にある食べ物の方が美味しいから里にでてくるのです。イノシシに里の食べ物の味を覚えさせないような努力が必要です。
 また、色々な野性鳥獣被害に対応できるような複合的な被害防除の研究、研究者どうしの情報交換が大切です。
  最後に、よく現場をまわって、山村に住んでいるおじいちゃん、おばあちゃんは、まだまだ鳥獣害対策ができるだけのパワーは十分にあると思っています。「出来ない、無理だ、やる気がない」という言葉を私は信用していません。対策をやりはしめた時の農家さんのパワーはものすごいものがあります。イノシシは簡単に操れるものだとイメージをこれからも色々まわって知ってもらい、イノシシ対策に取り組んでもらうようにお手伝い出来ればと思います。

*この文章は、江口先生からから伺った内容をまとめたものです。
*掲載されている写真は江口祐輔さんが撮影したもので、転用禁止。

*イノシシから田畑を守る〜おもしろ生態とかしこい防ぎ方〜
  江口 祐輔 著  (社)農山漁村文化協会 1,850円(税込)


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