奈良県農業技術センター高原農業振興センター 所長 井上 雅央さん
(研究テーマについて)
奈良県農業技術センター
高原農業振興センター

現農生産システムを稼働させる上での、様々な支障要因に対する対処法を研究しています。システムを稼働させる上での支障要因には、病害虫、遅滞、台風、鳥獣などのように、栽培植物に作用するものと、栽培者の加齢(高齢化)、ハダニや花粉アレルギーのように栽培者自身に作用するものがあります。こうした支障要因がシステムに侵入してもそれが減収(被害)にまで拡大しないようなシステムのハードとソフトを構築することが課題です。


(奈良県における農作物被害の現状)
 年々、シカ、イノシシの被害が激化しています。しかし、生産システム稼働上の問題というのは、あくまでも日常管理上の問題ですから、被害発生のたびにいちいち行政が何らかの対策に走るという対処法は現実的な対策ではありません。そこで、許容コスト内で自立的に農家が自分の畑を守るための畑の設計や栽培技術、侵入防止法などを開発し、情報提供しています。農家は作物を作るプロですが、鳥獣害対策のプロではありません。農業そっちのけで鳥獣害対策をやれ!と言ってもやりません。余計な仕事はやりたくないのです。ではここで、例えば、野生動物が里に来ている要因について考えて見ましょう。山に食べものがなくなったから野生動物が里に出てきているわけではありません。里には沢山食べ物があって、それが簡単に手に入るので里に出てくるのです。ふだん何気なく捨てている野菜くずや放置された果樹に実る実などは、人間には魅力があるものではありませんが、野生動物にとってとても魅力的な餌です。人間は知らぬうちに野生動物を餌付けしているのが現状です。分類すると、エサには、「食べてたら人間が怒るえさ」と「食べても人間が怒らないエサ」の2種類に分かれ、この食べても人間が怒らないエサを、人里になくし、野生動物を里によせないことが鳥獣害対策には大切です。

(その対策について)
 では、ここで対策の一つの例を紹介します。シカについて言えば、秋の草刈や田起こしは必要最小限にすることです。シカがなぜ冬場に里に下りてくるのでしょうか?それは、山には枯れ草しかないのに、シカの好物である草が、栄養価の高い青々した状態であるからです。冬場に田起こしすれば、シカの好きな青々とした葉はほとんど生えないのです。秋の農作業の仕方一つによってもシカ対策ができるのです。
 その他、果樹など作る場合、人間の手の届く範囲でできるように樹木の作業位置を設定し、作業の効率化をはかるとともに取り残さないなどの鳥獣が里に来ても食べ物がないという環境を作ることが大切です。今の農地は戦後鳥獣害があまりない時に計画されて作られているので、鳥獣害対策を計算してつくられていません、これからは鳥獣害に強い農地づくりが必要です。柵を作るにしても私たちが考案した「猿落君(えんらくくん)」など、安くて簡単に設置できるものもあります。この「猿落君」でかなりサル被害を防げますが、それでもサルが侵入してくる時があります。そのときは「猿落君」を改良し、発展させていきます。イノシシやシカ用のバージョンもあります。つまり「猿落君」は、相手やその被害レベルに応じて発展させていくことができる柵なのです。電気柵などのお金がかかるハードを作ることはあくまでも最終的な手段です。その前にやることが沢山あるのです。その他の詳しい対策方法は、奈良県の鳥獣害対策パンフレットを参考にしてください。

(鳥獣害対策チームづくりについて)
  昔からあった鳥獣害に今まで対策を怠っていた理由として、農産物の主産地では鳥獣害がなく、山村地域での家庭菜園におこる被害はほおっておいたという現状があります。しかし近頃ように急激に鳥獣害が進むと、誰かがやらなければなりません。
 奈良県では、1998年に奈良県果樹振興センター(現奈良県農業技術センター果樹振興センター)に鳥獣害対策チーム(通称サルチーム)をつくりました。普通、どんな県でも鳥獣害対策だけ専門にやっているところはなく、担当がいても一人だとかそんな次元です。奈良県でもはじめは、専門の担当者が誰もいませんでした。昔から鳥獣害はあったでしょうが、もともと野生動物は山に住んでいるので林業分野の担当ということなっていました。しかし、実際に被害にあっているのは農業の分野なので、次第に農業分野の担当になりました。はじめた時は、この鳥獣害対策チームには動物の専門家は誰もいなく、それまで病害虫でやっていた防除方法をそのまま取り入れ、現場検証からはじめ、現場の話しを聞き、そして動物の生態を勉強しながら、現在行っている対策にたどりつきました。

(鳥獣害対策において情報伝達や協力体制はどうあるべきか?)
高原農業振興センター内
鳥獣害対策展示エリアの様子
 被害をうけた農家が相談に来た時が一番情報提供を受けたいときです。とにかく現場に出向いて、その畑や集落で真っ先に何をやるべきか、その農家や集落で何ができるかを共に考えることが重要です。そのためには、普及、役場、JA、研究が連携してとにかくどこかが直ちに出向いて情報提供や支援を行うことが大切です。
 奈良県農業技術センター果樹振興センター高原農業振興センターには、鳥獣害対策を勉強するための施設を作ってあり、学習できる仕組みになっています。事前に連絡を頂いて、都合が会えばご案内します。単に見学だけならばいつでもできます。
 その他として、地域での協力体制が必要です。地域によって鳥獣害対策に温度差があります。一部の人たちだけが頑張っているだけではうまくいきません。例えば、持ち主がいなような果樹などは鳥獣の餌場となるので、鳥獣害対策から言えば切らなくてはなりません。しかし一部の人たちだけがそのことを知っていても実行できないのが現状です。少なくても7割以上の人がその情報を知らないと実行はできないのです。交通ルールを考えてみてください。青は進め、赤は止まれというルールがあります。ルールが守られているので、交通事故は少なくなります。同様に鳥獣害対策においてもルールをしっかりと浸透させなくては効果はあがりません。まずは基本的な動物の勉強からはじめ、集落で行う鳥獣害対策のルールの徹底が必要となります。


(野生鳥獣と人間が共生していくのに必要なこと)
 野生鳥獣との共生は可能です。それは、人間の活動範囲に入ってこないようにすることです。つまり住み分けることです。サルなどの野生動物に人間のところにくると痛い目にあうよということを認識させ、森に帰ってもらうことが大切です。

(キーワード、将来展望)
基本的に、サルであろうが、イノシイであろうが、シカであろうが対策に関する考え方は同じです。キーワードをあげるとすると2つあります。1つ目は、「農家の自立的な対策と行政のその支援」です。農家が自分でやるということを前提に行政はバックアップしなくてはいけません。農家が自分できる技術を開発したり、情報を提供することが大切です。実際に自分で対策ができるようになると行政に文句でなくて、アドバイスを求めてきます。行政任せでなく、自分たちで対策を行うことが大切です。最近、鳥獣害対策が、このような流れに変わりつつあるのを感じます。もう一つは「集落を餌場として認識させない」ということです。人間が住んでいるところに食べるものがない、安心していられないという環境をつくることによって鳥獣害は減っていきます。この2つのキーワードを守って、今後とも鳥獣害対策を行って下さい。

*この文章は、井上雅央さんから伺ったお話しを中心にまとめたものです。

*山の畑をサルから守る〜おもしろ生態とかしこい防ぎ方〜 
 井上政央 著  (社) 農山漁村文化協会 1,500円

* みんなで防ごう農林産物の猿害(奈良県)
http://www.pref.nara.jp/snorin/nogyohukyu/04saru/saru%20main.htm

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