東京農工大学農学部助教授 神崎 伸夫 さん
(研究テーマについて)
 21世紀日本は歴史上初めて本格的な縮小社会(2006年に人口が1億2770万人をピークに、2100年には6000万人程度まで減少すると予想されている)を迎え、産業構造や国土利用が大きく変わろうとしています。そのような日本で野生動物と人間が共存していくための最適な戦略を見つけ出すために研究を行っています。

(野生動物による農作物被害の現状、その対策について)
 シカ、サル、イノシシの被害が激化しており、農作物被害を防ぐために様々な防除柵が開発され一定の効果をあげています。しかし鳥獣害は、そのような技術開発を進めるだけでは止まらないという考えをもっています。それは、これらの動物が被害を多く出している中山間農業地域では農業が産業として成立していないからです。農家は収益力の悪化のため、野生動物からの防衛コストを十分にかけられません。行政の補助に多くを頼ることになりますが、地方自治体の財務体質の悪化からこれも難しくなっています。特にシカ被害の防除は難問です。シカは農作物だけでなく、造林地、自然生態系の中の草や木にも角の採食圧をかけます。その結果、森林が荒廃してしまったところが日本各地に見られます。森林を全部柵で囲うことは現実的に不可能です。シカは本当に厄介な動物です。
 さて、話しはちょっと変わりますが、もし中山間地域において、若い人がきちんとした収入を得て、そこで暮せていける環境ならば、地域が活性化します。鳥獣害対策に関しても新しいアイデアが出せ、効果あるものになると期待できます。戦後の日本は中山間地域に多くの人がいました。そのときも鳥獣と戦っていたはずですが、乗り越えてきているのです。しかし、現状では残念ながらそうではありません。山村地域に農地を維持することの意味は、先祖代々の土地を守ろうとしてそこにとどまっているお年寄りの福祉的役割が多くなっています。だから、単にイノシシに対してどんな対策をすべきかということだけでなく、50年後、100年後の日本の農林業の将来を見据えたグランドデザインを考え、その中で農業や林業はどうすべきか、野生動物の位置付けをどうするのか考えていくことが鳥獣害対策に必要になってきているのです。

(特定鳥獣保護管理計画制度について)
鳥獣害対策として、個体数コントロールにかける期待が高まっています。
環境省は1999年に鳥獣保護法を改正し、特定鳥獣保護管理計画制度を導入しました。これにより科学的なモニタリングを行えば、それまであった様々な狩猟規制を緩和することができるようになりました。日本が野生鳥獣を科学的に管理していく方向に舵を切ったことは評価できます。日本の自然保護史上画期的なことであったとも思います。しかしこのシステムは必ずしもうまく機能していません。それは、モニタリングのための技術が確立していないこと、そのための人的資源、予算の投入が充分に行われていないからです。この計画はシカの保護管理をするための研究をベースに作られました。しかし、それをイノシシに適用するのには問題点が沢山あります。シカは比較的個体数の把握が簡単です。しかし、イノシシを見ることはとても難しい。それはイノシシは藪の中に隠れていたり、比較的夜に行動するからです。つまり、どこに何頭、イノシシがいるかわからないのです。シカのように個体数が分るものを対象としている今の特定鳥獣保護管理計画をイノシシにあてはめるのは難しいのです。また、鳥獣の管理は短期間でどうにかなるものではなく、長期間、人もお金も出し、モニタリングもしなくてはいけないということも考慮に入れなくてはなりません。


(狩猟者の減少、高齢化について)
 急速に進む狩猟者の減少、高齢化が個体数コントロールの実施を無しくしていますが、これに対しても有効な手段は見出せていません。例えば、東京都の奥多摩町に水源林の調査に行ったのですが、とても急峻な地形に驚きました。このような中ではさぞかしシカを捕獲するのに苦労することが予想されます。すなわち今の体力のない若い人には狩猟は不向きで、かつかなりの技術がいるということになります。そう考えると本当に役に立つ狩猟者というのは、何人いるかと考えると、狩猟による鳥獣の減少(狩猟圧)は、これからはあまり期待できないのではないかと考えています。

(野生鳥獣と人間(地域)が共生していくためにはどのようなことが必要か)
 共生とは異種の生物が、行動的生理的な結びつきを持って一緒に生活をしていることなので、人間と野生鳥獣の関係にはあてはまりません。共存は可能かということであれば、多くの野生鳥獣と同所的に共存するのは難しいでしょう。必ず衝突がおきますが、それを回避するための体力と手立てをどんどん失っているからです。そのため人間が生活する場、野生鳥獣が生活する場を分けなければいけなくなります。地球温暖化も考慮に入れる必要があります。積雪量が減少して野生鳥獣の生息環境は改善されることで、これらによる自然のかく乱は加速化することが予想できるからです。収益力が悪化している、あるいはなくなった中山間農業地域、林業地域をどのように変えていくかが21世紀の課題です。ついに稲作にも競争原理が持ち込まれる時代になりました。人口が減少していく中で、どれだけの食料や材を確保する必要があるのか、それらを効率的に生産するためにはどのようにすればよいか、かつて効率を無視して拡大した農林業地域でどのような自然回復を行いそこを野生鳥獣の住処としていくのか、についてのグランドデザインが必要になります。
しかし野生鳥獣のために自然地域を確保しさえすれば鳥獣問題が解決するわけではありません。人間領域との境界では被害が発生し続けるでしょうし、自然地域でもダメージは相当なものとなるでしょう。それは日本の生態系がこれらの動物の増加を抑える機能を持つていないからです。私たちはちょうど100年前、強力な捕食者であるオオカミを絶滅きせました。1970年代までは増え続ける狩猟者がその役割の一部を担って鳥獣を減少させてきましたが、先ほど言ったように今後はそれも期待できません。オオカミを捕食者として復活させる案については驚かれる場合が多いのが現状です。しかし自然回復のために実際に行っている国もありますし、人に対するリスクというのは非常に低いというのが現実です。この考えは、被害を受けている地域住民の方にはそんなに抵抗はないようですが、都市住民や研究者は嫌がっているようです。
捕食者を復活させ、つい100年前まで日本の自然が持っていた機能を回復させる、効率的な農林業が行えるように土地利用を見直す、自然と人間領域の境界ではしっかりと被害対策とコントロールを行うというのが、最もコストとリスクが少なく、私たちが日本で野生鳥獣と共存していく道だと考えます。

(キーワード、将来展望)
 生態系管理、人間と自然の異所的共存、縮小社会

*この文章は、神崎伸夫先生から伺ったお話しを中心にまとめたものです。

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