京都大学霊長類研究所ニホンザル野外観察施設 助手 室山泰之さん
(研究テーマについて)
一言で言うとサルの被害管理研究ですね。応用生態学的な研究といってもいいかもしれません。具体的には、サルの皮下脂肪から栄養状態を推定する方法の研究や、簡易な電気柵の開発(現在三重、滋賀、奈良の3県4ヶ所で試験中)、特定の食物を忌避するように学習させる嫌悪条件づけの研究などを行っています。


(サルにおける農林業被害の歴史)
ニホンザル
(室山泰之さん提供)
近年、ニホンザルによる農作物被害が深刻化しています。各地で様々な対策が行われていますが、被害軽減に成功した地域は少ないのが現状です。
地域によって異なりますが、サルが里に現れるようになったのは、1980年代になってからです。おもな原因の一つとして、サルと人間の関係が変化したことがあげられます。明治時代以降、サルは、狩猟などによって平野部から姿を消し、山間部にだけ生息するような状態が続いていました。このため、少なくとも1970年代までは、サルは人を恐れて人里に現れませんでした。しかし、農村部では、1960年代の高度成長期に入ってきたころから、過疎化や高齢化が進み、人が山に入って何か作業をするということが極端に少なくなって来ました。
このような社会環境の変化によって、それまで野生動物を人里から山奥へと押し上げていった人の圧力が低下し、その結果サルが人里に現れやすい状況が生まれました。生息環境が悪化したために里のほうにおりてきたら、美味しいごちそう(食べ物)があり、美味しい味を覚えてしまったことが、サルの被害のはじまりといってもよいかもしれません。


(サルにおける生態と行動)
 人里に現れるようになったサルには様々な変化がおこります。最初は野山に食べ物の少ない夏や冬だけに現れるていたものが、一年中集落に現れるようになり、苦労して山の中で食べ物を探す生活から、集落を渡り歩いて農作物を食べる生活へとかわります。この状態を放置すれば、ますます集落にある果樹や農作物などに依存して、一日の大半を集落ですごすようになっていきます。里にある食べ物は、自然にあるものと比べて、栄養価が高く消化率もよいので、以前より栄養状態がよくなり、出産間隔も数年に1回だったものが1−2年に一回と短くなり、その結果個体数が増加して集団が大きくなります。大きくなった集団はやがて分裂し、それまで被害のなかった地域に広がって、あらたな被害を発生してゆくことになります。

(被害対策について)
室山さん開発による電気柵
(室山泰之さん提供)
ネットやフェンスなどの物理的障壁やロケット花火追い払いなどの心理的障壁を利用した対策も精力的に試みられています。特に電気策は、有効な手段として全国各地で導入されています。しかし、これらの対策にも関わらずあまり被害面積は減っていないのが現状です。被害が減らない大きな理由は、被害が何故発生するか、被害を減らすためににはどうしたら良いかといったことに関する基本的な知識や技術が、被害地域での住民や行政に十分普及しておらず、その結果適切な方法を選ぶことができないからです。基本的な対策な知識や技術とは、「農地や集落をサルの採食場所としない」ための知識や技術のことでです。具体的には、被害対策をするために必要なサルの生態や行動についての知識、農地や集落にあるサルの食物になるものをできるだけ減らすための知識や技術、サルに農作物を食べられないようにしたり、追い払いをするための知識や技術のことです。色々な対策をしてうまくいかないのは、知識や技術をもった人材が不足していたり、農家の方々が正確な情報を把握していない場合が多いのです。例えば電気柵でうまくサルを防げなかった場合、きちんと電気柵が張れていない場合が多いのですが、どこを直せばよいのかほとんどの人が知らなくて次の対策が出来ないということがよくあります。
実は、サルが里へ出てこなくするための抜本的な対策は、子どもの時から里の食べ物を食べさせないようにすることなのです.というのは、サルの食物レパートリーは生まれてから何を食べたかによって決まるので、もし里の食べ物の味をまったく知る機会がなければ、おのずと被害がなくなるからです。もしネットや徹底した追い払いなどで農作物を食べさせないということを、野生のサルの寿命分ぐらい、10年とか15年とか続けられれば、被害は激減できるかもしれません。


(鳥獣害対策において情報伝達や協力体制はどうあるべきか?)
 被害軽減に成功した地域の大きな要因は、被害を受けている農家に対するねばり強い情報の提供と、被害発生への迅速な情報提供でした。つまり、地域住民が被害対策に必要な知識と技術を共有し、自分たち自身で効果的な被害対策を実施したということでした。情報を普及させようとした場合、じつは私のような研究者が説明しても、農家の方々には残念ながらあまり説得力がないようです。やはり日常的に農家と交流のある農業改良普及員や都道府県農業研究機関の研究員、JA関係者から繰り返し正しい情報を伝えてゆくことが大切です。最近一部の地域で、このような農家に近い関係者が、被害対策について基本的な研修を受けて具体的にアドバイスができる体制が作られつつあります。もそのような体制がうまく機能してゆけば、かなり被害は軽減するでしょう。

(野生鳥獣と人間が共生していくのに必要なこと)
 基本的には、サルが生息している中山間地域でまったく被害対策をせずに被害をなくすことはできないと思います。それは、サルが農作物を食べ物だと学習する機会があるかぎり、被害が起こる可能性はなくならないからです。ですが、その地域からサルをぜんぶ追い出さなくても、被害を減らしたりなくしたりすることはできます。サルは自分たちに不利益な状況が多くなると里には出てきません。里に行ってもあまり食べられないし、いいことはない。犬や人に追いかけられたりしてつらいことばかりだと思わせることができれば、里に出てこないようになります。すぐ近くの山にサルがいても、里には出てこないという状況を作ることは十分可能だと思います。

(キーワード、将来展望)
被害は防げると思ってください。あきらめる必要はありません。ある程度のお金と知識と技術があれば必ず防げます。新しい技術や製品の開発を待たなくても、今ある技術で十分守れます。その場合注意してほしいのは、「100%でなければ効果がない」と思ってすぐにあきらめてしまわないことです。これまでは自由気ままに食べられたものが、入るの時間や手間がかかるようになれば、それだけでサルのやる気をくじくことができます。サルは集団で動いていますから、50頭のうち5頭しか食べられない農地は、残りの45頭がひもじい思いをするのでやがてこなくなります。こういったことの積み重ねが、サルの嫌がる農地や集落づくりにつながります。.
もう一つ重要なことは、農家と顔が見える関係にある農業部門の関係者がもっと積極的に被害対策にかかわるようにしてゆくことです。被害対策に十分な予算を投入すること、とくにこれまでのようにフェンスなどの設備にだけお金を使うのではなく、知識や技術の研修の機会を増やしたり、普及体制を確立したりするための援助にもっと力を注ぐべきです。もし、市町村レベルにやる気がある担当者がいて、それをサポートする人材や体制が都道府県レベルに整っていれば、被害対策はもっと進みます。市町村だけで取り組もうとしても、必要な人材や体制、あるいは資金の面で、十分な対応は難しいでしょう。
最近、これまで分布が限られていた東北地方で、サルが広がりはじめています。西日本の比べれば山が豊かな地域も多いので、初期の段階で被害対策をきちんとすれば、西日本のように激害地が多発するような事態は回避できるでしょう。被害が出はじめたら、あるいはその前に、的確な対策をして被害発生を予防するように努めてほしいと思います。対策をしなければ、かならず被害は広がります。同じ失敗を繰り返さないよう、関係者の方々の迅速な対応を期待しています。

*この文章は、室山泰之先生から伺ったお話しを中心にまとめたものです。
*掲載されている写真は室山泰之さんから提供を受けたもので、転用禁止。

*参考文献 里のサルとつきあうには〜野生動物の被害管理〜
  室山 泰之 著 京都大学学術出版会 2,300円(税別)

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